【話題】「私は『闇バイト』に殺されかけた」背中にスタンガン、力いっぱい首を絞められ…なぜ“闇バイト対策”は進まないのか
「政府が『闇バイト』対策を強化するというニュースを見ました。あの事件から20年近くが経ちましたが、私のほかにも、たくさんの被害者が出ないと対策を取れないことに苛立ちます」
ミナコさん(仮名)からこうしたメッセージが私のLINEに届いた。
政府が「犯罪対策閣僚会議」で「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」を策定したというニュースを見て、対策強化が遅すぎると怒りを覚えたというのだ。
被害者遺族は規制を求める請願を提出これまでも、闇サイトや闇バイトによる被害者は大勢いた。「闇サイト」という言葉が使われ出したのは2005年ごろから。当時の読売新聞の記事(2005年10月3日付)は「“闇サイト”には、管理者自身が違法な商売目的などで開設したサイトと、利用者が犯罪行為を呼び掛けたり、利用者同士で犯罪情報を交換し合ったりする掲示板サイトなどがある」と書かれている。
つまり、犯罪を目的としたサイトと、結果として犯罪に使われるサイトの両方を「闇サイト」と呼ぶ認識があったことになる。最近では、TwitterなどのSNSでの「仕事募集」の中に違法な仕事があり、後者を意味することになる。
2007年8月に起きた「名古屋OL殺害事件」など、闇サイトが発端となって殺害された人もいる。この事件では、「闇の職業安定所」で3人の掲示板利用者がつながり、犯行を計画した。そのうちの1人が「誰でも良いから襲っちゃう。手当り次第行っちゃう。どうせだったら、若い女がいいじゃない。若い女だった方が、気合い入るんじゃないの」と言ったという。
この事件の被害者遺族は、署名を集めたほか、当時の法務大臣や検事総長に規制を求める請願を出していた。しかし、十分な対策はなく、最近発覚した広域強盗事件につながってしまったともいえる。
“成功報酬”目当てで掲示板の「殺害依頼」を受けた男冒頭のメッセージを書いたミナコさんも、2000年代初めに起きた事件の被害者だ。実行犯の男が、「高収入の仕事を紹介してください」とインターネットの掲示板「裏のハローワーク」に書き込んだ。その「闇バイト」(当時は、「裏仕事」とも呼ばれていた)の募集を見た主犯格である知人が、ミナコさんの殺害依頼をした。ネットを介した殺人依頼の事件が出始めたころだった。依頼主と実行犯は面識はない。
男のもとにロッカーの鍵が送られてきて、そのなかにはミナコさんの家の合鍵が入っていた。男は“成功報酬”としての数千万円を得るため、ミナコさんを殺害しようとした。しかし、ミナコさんを殺害できず、殺人未遂となったことで男はすぐに逮捕された。
玄関を開けたら見知らぬ男が…ミナコさんが事件を振り返る。
「ある日の午後、私は家に帰りました。いつもなら、飼っている猫が玄関で迎えてくれます。しかし、そのときドアを開けると、猫が玄関にいませんでした。ただ、階段の陰になっている場所に、男が壁にもたれながら座っているのが見えました」
玄関を開けたら見知らぬ男がいるのを見たミナコさんが混乱するのも無理はない。
「びっくりした私は、とっさに玄関から逃げようとしたんです。私が男に背を向けることになりました。すると、男は私の背中にスタンガンをあてて撃ちました。そして、私は倒されて、頭を手でつかまれ、玄関の土間に顔を押し付けられました。ペット用のリードで首を絞められながら何度もスタンガンで背中を撃たれ、そのたびに激痛がはしりました」
偶然にもドアノブに手が届き、外に出ることに成功スタンガンで撃たれたミナコさんは、とっさに「強盗」を連想した。
「『きっと強盗だ』と考えましたので、一瞬、力を抜いて気絶したふりをしました。『気絶すれば、逃げるだろう』と思ったんです。それでも、犯人は力いっぱい首を絞めてきました。その時初めて、『私、殺される』と思ったんです」
自宅で、どこの誰か、しかも理由もわからず、首を絞められる。ただ恐怖でしかなかった。殺されると思ったミナコさんは、一瞬、のけぞるような形になった。そのとき、偶然にもドアノブに手が届いた。
「のけぞる格好になったとき、たまたまドアノブに手が届き、ドアを開けて外に出ることができました。『助けて!』と、私は大きな声で叫びました。近所の家にも行き、インターホンで『強盗……』ということしかできず、その場に座り込んでしまいました。
その家の奥さんが出てきてくれました。近所の人が私の叫び声を聞いていて、逃げてゆく男を捕まえてくれました。近所の人は、男を泥棒だと思っていたので、取り囲んだあと、『何を盗ったんだ!』と詰め寄っていました」
殺害を依頼した知人を完全に恨むことができないやっとの思いでミナコさんは命拾いをした。しかし、その後の捜査によって、依頼をしていたのが知人だったことがわかる。事件の数年後、ミナコさんはこう語っていた。
「警察から『誰かに殺されかけるようなことは心当たりありますか?』と聞かれたんです。私は『ありません』と答えました。すると、警察は『あなたは殺されかけたんです。犯人が実行犯とインターネットでやりとりをして、あなたを殺そうとしたんです』と言っていたのですが、私には意味が分かりませんでした」
また、このとき、警察が机の上に紙を置いたのを見た。ただ、「見たらだめですよ」とも言われた。
「『見たらダメですよ』って部屋を出て行きました。私はその紙を見ていません。たぶん、知人が犯人に送った依頼文だったのではないかと思っています。私が悪いやつだから殺してほしい、と書いてあったんじゃないかと想像しています。今思うのは、あのときそのメッセージを読んでいれば、知人を恨むことができたのかもしれません。ただ、関係がよかった知人なので、完全に恨むこともできないでいます」
ツイッターの「闇バイト」で提示された条件こうした経験から、「闇サイト」や「闇バイト」という言葉を聞くと、ミナコさんの心の中に恐怖がよみがえる。
政府が発表した「プランの概要」は、「実行犯を生まない」ための対策として、(1)「闇バイト」等情報に関する情報収集、削除、取締り等の推進、(2)サイバー空間からの違法・有害な労働募集の排除、(3)青少年をアルバイト感覚で犯罪に加担させない教育・啓発――などとしている。
こうしたバイトの文言としては「高額バイト」「即日即金」などと書かれている。
筆者はツイッターで「闇バイト」の募集の書き込みを見つけた。コンタクトを取ってみると、秘匿性の高い「テレグラム」に誘導された。そこで、以下の条件が提示された。
(1)希望の日時で案件を紹介する
(2)同意した場合、バイト希望者が保証金を支払う(身分証の提示の代わり。支払い方法はコンビニ決済)
(3)保証金支払い後、案件を1、2時間後に紹介する
(4)案件中はこちらの指示に従う
(5)指定されたものを指定のロッカーに入れ、それで案件が終わる
(6)報酬(20万)の受け取り(口座振り込みはリスクがあるため、指定したロッカーに報酬を入れておく
もちろん、こうした「闇バイト」の中身は真偽不明だ。
どうすれば被害者本位の政策が立てられるのかミナコさんは、事件から20年近く経っても精神的に不安定な部分がある。
「私は、なかなか不安な感情を家族に言えません。岸田総理が『闇バイト対策強化』を発表しました。本当に強化されることを祈ります。悪いことを考える人は、また新しい犯罪を考えるでしょう。すぐに対応して、被害者がなくなる世の中になればいいと思っています」
身元がはっきりしていない相手にバイトを頼む。犯罪の場合もあり、薬物売買や強盗、殺人までがビジネスになっている。そうした取引の場を規制しても、結局は、他の場所で取引をするだけ。どうすれば、被害者本位の政策が立てられるのか。政府の「緊急対策プラン」では不十分だろう。また、より隠語が増え続けるだけではないかとも思える。
新しい法律を作ることや今ある法律の解釈変更などで、より「被害者を生み出さない」手立てを見つけていくしかないのだろうか。
「『闇バイト』と聞いたり、見たりするだけで、なんとも言えない気持ちになります」(ミナコさん)
(渋井 哲也)

(出典 news.nicovideo.jp)
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